2010年 JT将棋日本シリーズ 東京大会 (2010.11.23) (ドクター尼子)(写真:しいのみ)

いよいよJT杯決勝の朝。
東京の雨も、午後には上がるとの天気予報に、幸先もよし!
『今日はもらった!』
と、勇躍、岡山駅へ向かう尼子でした。
準決勝の重苦しい気分はなく、山崎先生の勝つイメージばかり。
とは言え、相手は羽生名人。
前向きすぎるくらい前向きでないと、押し潰されそうです。
『山崎先生も、そういう気分かも?』と思いつつ、新幹線ホームに上がります。

山崎先生を追っかけて、初戦の地元・岡山はともかく、静岡、名古屋と観戦してきました。
家内も、いささか呆れ気味。
”決勝の東京日帰り”は、さすがに言いだしがたく、口に出せぬまま先週末を迎えました。
金曜日は順位戦で、山崎先生の勝ち。
「ようやく、山崎先生の連敗が止まったよ。」
「それは良かったわね。」
「大事な棋戦で、立て続けに負けたし、心配だったんだ。」
それからしばらく、山崎先生の話題を切らないように、話し続ける尼子。
「で、来週、JT杯の決勝を見に行きたいけど、いいかな?」
どこへとも言わず(あるいは、言えず)、さらっと許可を取りつけようとします。
「祝日?いいわよ。」
『やったーっ』
さっそく、ネットで新幹線の予約、予約♪
行き先が”東京”と伝えたのは、当日の朝でした。
ちょっと考え込む家内。
「じゃあ、東京ばな奈を買ってきてね。」
あはは、それだけ?
よくできた家内で助かります(笑)

前夜は寝付けなくて、車中では爆睡しました。
しかし、ときどき起きては、メールをチェック。
10時半には、「並んでいます。」とひーちゃんさんからメール。
12時前には、「会場に着きました。」としいのみさんからもメールが来ました。
東京駅に着く頃には、気もそぞろです。

『中央線に乗り換えて、あと20分かな。』
元気よくホームに行ったところが、
『あれっ?!・・・。
 各駅停車が、ない??』
プチ・パニック!
東京は年に1、2度来るのですが、中央線を利用したのは新宿駅から一度っきり。
列車の案内を見上げて、固まっていました。
そこへ、アナウンスが。
「各駅停車へは、御茶ノ水駅で乗り換えに・・・。」
『そうだったのか!』
あわてて発車間近の列車に飛び乗りました。

千駄ヶ谷の駅に着くと、東京体育館は目の前。
これなら、田舎者でも迷うことなし。
「プロの決勝の観戦は、どこへ並べばいいですか?」
入り口でみつけたスタッフに聞いて、中に入ると、列は20人ほどです。
すぐに、ひーちゃんさんもしいのみさんも見つかりました。
手を振ろうとすると、しいのみさんの後ろに、見覚えのあるお方が・・・。
『あっ、茶々丸さんだ。』
そう、かの有名な羽生名人応援掲示板の管理人です。
その横には、たいがーさんの姿も。
そして、すぐ後ろが列の最後尾です。
「あーっ、裏切り者が来た。」
いやあ、すぐに、茶々丸さんに見つかっちゃいました。
羽生名人の掲示板なら、ネビュラチェーンが飛んでくるところです(笑)

思えば、尼子も、コアな羽生ファンでした。
いや、今でも羽生ファンなのですが、それ以上に、山崎先生の熱いファンになっちゃったのです。

たいがーさんとご挨拶。
「羽生さんの掲示板をみましたか?」
「いや、今朝は見ていませんが。」
「尼子さんは、どっちの応援をするのでしょう?って、書き込まれていましたよ。」
「もちろん、今日は山崎先生です。」
キッパリ!
でも、茶々丸さんを気にして、声は小さかったかも(笑)
「裏切り者ぉ〜。」
さらに、茶々丸さんから追い打ちが来ちゃいました。
うーん、こうなると、しいのみさんたちに声もかけにくい雰囲気ですねぇ。
結局、たいがーさんの後ろで、おとなしくしていた尼子でした。

そして、待つこと2時間、いよいよアリーナへ入場です。
『うわっ、でかい!』
対局の舞台が小さく見えます。
さすがに東京体育館ですね。
列の人数からいって、2列目の通路側狙い。
ところが、羽生グループの一部の皆さんが2列目に揃って行かれました。
お陰様で、最前列に、しいのみさんとひーちゃんさんの間の席が取れました。
ラッキー☆
「1列目が取れて、運が良かったですね。」
列の先頭に並んでいたかめしんさんから、声をかけられました。
「何時からでした?」
「10時前からです。」
ひゃあ〜、5時間待ちですか!すご過ぎます。
応援の熱さでは、たこやきメイトの勝ちですね。

「羽生さんも決勝は久しぶりでしょう。
 東京で決勝やるようになって初めてなんで、ここで優勝は悲願なんですよ。」
たいがーさんが、羽生ファンの思いを語ります。
「山崎先生は、初優勝がかかっていますから。
 それに、来年は、出場できないかもしれないし(これはマジな気持ち)。
 勝ってほしいですよ。」
と、尼子。
「ここは、若手に華を持たせてあげてもいいけれど。」
話に入ってきた茶々丸さん。
「竜王戦に(勝ち)運を残しておかないといけないし。」
嬉しいことをおっしゃって下さいますが、羽生名人にそういう気持ちが毛頭ないことは、承知しています。
どの対局にも全力投球なところが、羽生名人の魅力なのですから。

「もう、今日は、山崎先生が勝つイメージしかないんですよ。」
と、ひーちゃんさん。
「いや、僕もです。」
「私たちふたりが揃ったんですから、勝利間違いなしですよ。」
そうです。
僕たちふたり、山崎先生のすべての勝利を見守ってきた勝利の女神なのです。あ、僕は男か(笑)

小学生大会決勝は、低学年が一手損角換わり、高学年が矢倉と本格的です。
レベルも高く熱戦で、JT杯決勝が始まったのは、ようやく午後5時でした。

解説の島九段、山崎先生については、
「ここで羽生さんに勝って、一皮剥けようかという山崎さんですね。
 男になるチャンスです。」
と話されました。
そして、両対局者が、それぞれの側から登場です。
下手から登場の山崎先生、気合い十分とお見受けしました。



「対戦相手の山崎七段の印象は?」
と聞かれた羽生名人、
「ええ、そうですね。シャープな感覚で、人の気がつかない手を指すという印象でしょうか。」
「対戦相手の羽生名人の印象は?」
と聞かれた山崎先生、
「たくさん負けているので(印象は)悪いです。
島先生のお話では、勝たないと男になれないそうなので、普通になりたいと思います。」
当意即妙な挨拶に、ドッと会場の笑いを取りました。
この勝負、山崎先生の勝ち(笑)



振り駒の結果は、山崎先生の先手。
『よし、もらった!』
主導権を握れる先手は、ファンとしても欲しかったところです。
両対局者、ゆっくりと駒を並べていきます。
と、何かおかしかったのか、羽生名人が笑っています。
これからの勝負を楽しもうという余裕なのでしょうか・・・。
一方の山崎先生は、ひきしまった表情のまま、駒を並べ終わりました。
さあ、いよいよ決勝戦です。
「お願いします。」
はっきりと両対局者の声が聞こえました。
少し、会場の空気が重くなったように感じます。
気息を整えて、予想通りの▲26歩が、ピシリと山崎先生の左手で指されました。



「山崎さんは、素晴らしいメンバーを負かして来ました。
 切れのある将棋で、抉るような将棋が多いですね。」
”抉る”
切れ味のよいサバイバルナイフのような印象でしょうか。



相掛かりで、山崎先生のUFO銀模様の将棋です。
18手目あたりから、頬を膨らまし、小刻みに身体を揺すって、山崎先生は少考を重ねます。
と、21手目が、▲76歩!
「ここで、76歩は、初めてじゃないでしょうか?」
島九段が、驚きの声を上げます。
「工夫した手で、これは意欲的です。」
尼子の棋力で分かるのは、角交換から▲77金で、28の飛車が8筋へ大転換できること。
それで先手がいいのかどうか、さっぱり分かりません。
羽生名人の表情が変わります。
ぐっと口元を引き締め、髪を掻きあげて、盤上を見つめています。
『羽生さんを驚かすとは、さすがに山崎先生。』
内心、誇らしく思います。
『これが、新・新山崎流になりますように。』
後半は、心の底からの祈りです。

短手数に終わるかもしれない戦いになって、舞台の袖も慌ただしくなります。
25手目の山崎先生の手番が封じ手になりました。
しっかり後ろを向いて、封じ手を書き込む山崎先生です。
封じ手の候補は、@77角、A82歩、B22角成と上がりましたが、ここは22角成しかないでしょう。



封じ手にしたため、詳しく解説できなかった島九段。
封じ手開封後は、滑らかに解説されます。
29手目の▲88飛までは一本道。
『これは、山崎先生の方がいいんじゃないか?』
と身を乗り出したところへ、△87歩の軽手。
「これが手筋ですね。」
と、島九段。
なるほど。▲同飛に△65角が厳しそうです。
しかし、山崎先生の読みはどうなのでしょう?
34手目に△65角となって、島九段がつぶやきます。
「どちらかが参っているはず。」
『ああ、羽生さんが巻いていてくれますように。』
舞台を見つめて、ただただは祈るだけです。

大盤では、▲82飛成から▲83角や▲84歩の攻め筋が示されます。
▲83角は、▲72角成とできれば必勝です。
▲84歩は、▲83歩成となれば、これも先手が必勝です。
『おお、これは!やったか。』
二通りも手があれば、これは先手がいいとしたものではないでしょうか?!
心臓の鼓動が速くなりました。
「あっ、いけませんね。」
と、島九段。
▲83角は△84飛。
▲72角成には△82飛で、次の△69飛が一手詰めで頓死。受ければ、馬まで取られます。
『ガクッ・・・。』
▲84歩は、△77飛成▲同桂に△92金打ちが好手。
84歩が邪魔して、竜が逃げることができません。
ここで飛車を渡したら、ほぼ裸の山崎玉は大打撃です。
『ガクッ・・・。』
しかし、このどちらかが実現すれば、山崎先生の勝ちなのは間違いありません。
山崎先生は、▲58金、▲76歩で、先の解説の手順を消していきます。

▲58金に△39馬。これで、後手の桂得。
「桂得ですけど、何かありそうな不安な局面で、羽生さんも嫌だと思います。」
『島先生の解説だけが頼りです。
 何か、山崎先生に有利なことを言って下さ〜い。』
そんな気分で大盤の方を見ます。
「ここ(▲44歩)が楽しみのひとつですね。」
▲44歩、△同歩、▲16角。
おっ、これは、先手が良さそうな順です。
しかし、手番は羽生名人でした。
すかさず△34歩と銀を追われてしまいました。
「しかし、馬を作らせて桂損・・・。
 これでバランスが取れていれば、山崎さんのバランス感覚は秀逸ですね。」
『そうであってほしい。』と願います。
その後、銀と桂の交換になり、さらに先手の銀損になります。
しかし、手番が回ってくればの楽しみはあります。
「後手が良さそうだが、意外に決め手がないですね。」
島九段の見解でも、先手にもチャンスがありそうな感じです。
『何か、手をひねり出して下さい、山崎先生。』
しかし、37手目の58金から秒読みの山崎先生に対し、羽生名人は、考慮時間を2分を残しています。
時間もハンデです。

一手の余裕を作ろうと、山崎先生は、49手目▲48金。
△39馬と角の筋を変えました。
「これは、得だったんでしょうか?(△44飛で)困るんじゃないでしょうか。」
そう島八段が解説されている時に、事件が起きました。

▲84歩!!

『これが打てるということは、山崎先生の勝ち!?』
一瞬、興奮しました。
しかし、馬が金に当たっています。
血の気が引きました。
『△92金が・・・。』
ちょっと考えて、羽生名人が、金をつまみ上げました。
馬を切りました。
そして、54手目が△92金。
万事休す・・・。

山崎先生は、必死の頑張りです。
角を2枚とも守りに打ちつけ、簡単には諦めません。
しかし、こういう時に限って、歩の枚数が足りません。
しかも、羽生名人は、その弱点を的確に突いて来ます。
歩の代わりに金を打って飛車筋を止めようとしますが、一時力に過ぎません。

「優勢になってからの羽生さんの指し回しは、堅実ですからね。」
そう島九段が解説をされている時に、山崎先生が投了されました。
最後は万策尽きはて、と金をにじり寄られての、悔しい投了図となりました。
しかし、山崎先生の新手が飛び出し、中身の濃い対局でした。

大盤の前で、感想戦が始まります。
山崎先生の表情は、さすがに残念そうです。
「自分らしい将棋を指そうと思っていました。
 自分らしい乱戦は指せたんですが、うっかりがあって・・・。
 次に機会があれば、(途中で折れず)最後まで頑張りたいです。」
と、気丈にも総括されました。 

感想戦では、まず、新手▲76歩に対して質問されました。
山「銀が上がる将棋は、過去、羽生先生とも指したことがありますから。
 これなら何となく乱戦になりそうですし。」
羽「いやあ、ここで突かれるとは、夢にも思わなかったですね。
 突かれた以上は、取らないとつまらないかなと。
 取る変化ばかりを考えました。」
次は、封じ手辺りの形勢を。
羽「何をやられるのか、全然わかりませんでした。」
山「ここでは迷いませんでした。後は迷いましたけど(笑)
 ここは、(▲22角成と)行くしかないと。
 後は、分かりませんでした。
 ただ、(32手目の)△35歩では、自信がありました。」
山崎先生が自信があると言われるのは、珍しいですね。
ハッキリと、羽生先生を相手に、「自信がある」と言えるところに、感激しました。

△65角への対応については、
山「竜を作らず、単に76歩が良かったですか?
  △47角成に▲83歩と垂らし、△54飛▲82歩成△57馬でどうでしょう。」
山「(自玉が)生きているかどうか分からないので、見送ったんですが。
 ▲58歩△79馬▲72と△57銀のときに、▲69銀で生きていましたね。」
島「ここまでいけば、先手勝ちですね。」
それ以上、歩だけの後手には攻めがありません。
『やはり、勝ち筋がありましたかぁ。』
勝ちがあって、良かったような、残念なような・・・。
山「読み切れなかったので、▲76歩を▲82飛成に予定変更しました。」
そうですよね。
一直線の攻め合いで後手悪いとなれば、羽生名人は別の手を指してくるでしょう。
30秒将棋では、さすがの山崎先生も読み切れません。

山「△92金の筋が見えたので▲76歩として、▲66銀までは、本譜で悪くないと思っていたんです。」
おお、まだまだ自信があったんですね、山崎先生。
「▲48金で、”味がいいかな?”と思った瞬間、△92金を忘れてしまって・・・。」
ああ、残念ですね。
この後も、少し変化を語って、ゆっくり▲84歩を楽しみにしていけば、先手も相当という結論でした。

表彰式の間も、幻に終わった手順を考えていらっしゃったのかも。
大盤の前で立っている山崎先生の表情は、悔しそうに見えました。

表彰式も終わり、たこやき応援団は、文字通り”お疲れ様”です。
「途中まではいい感じだったのに。」
思いは皆同じです。
羽生応援団の皆様に、「優勝おめでとうございます。」と素直な気持ちで挨拶をしました。

「羽生名人とも握手をして帰りましょうか。」
と、目の前に”最後尾”のプラカードを持ったスタッフが!
アリーナの半周以上の列が出来ています。
「最後尾の方からやって来るなんて、初めてですよ(笑)」
さらに最後尾は伸びていきます。
さすがの羽生人気ですね。

「それにしても、▲84歩を打った後の解説が、過去形になっちゃったのは、ねぇ。」
と、悔しそうなしいのみさん。
「”羽生さん相手によく頑張りましたね”、とか。」
そう言われてみれば、そうでした。
「何か期待を持たせてくれてもいいのに、ねぇ。」
「そうですよね。」
そんな話をしているうちに、JT杯覇者の羽生さんが目の前に。
「優勝、おめでとうございます。」
と握手して、夜の千駄ヶ谷へ出ます。
うう、夜風が身に沁みますねぇ。
「でも、ここまで、山崎先生にはいい夢を見せてもらえましたよね。」
「そうですよ。」
「河岸を変えましょう。」
「じゃあ、順位戦での山崎先生の健闘を願って、乾杯しましょう。」
残念会とは、決して言いたくないたこやきメートです。

ぞろぞろと、聖地(?)みろく庵に移動しました。
しいのみさんと尼子は、帰りの電車の時間が気になります。
とりあえず出てきた物からいただいちゃうということで、乾杯!
ひーちゃんさん、西瓜さん、橙さんは、夜中まで大丈夫なので、腰を落ち着けての乾杯!
「勝てなかったけど、対局している山崎先生の姿を見ていたら、ますます好きになりましたね。」
一同、肯きます。
しかし、いいですねぇ、たこやきメート。
年に数回しか顔を合わせないのに、この旧友感は何でしょう。
「今日は忙しいけど、今度、ゆっくり飲みましょうね。」
「そうそう。長浜将棋まつりがまたあれば。」
「いや、あれはなかなか。」
「行けなかったから、うらやましいですよ。」
といった会話を、時計とにらめっこしながら、束の間楽しみました。

最終の新幹線に遅れるわけにはいかないので、後ろ髪をひかれながら、メートのみんなに別れを告げました。
しいのみさんと店を出てみると、わずかに雨が降っています。
「涙雨ですよねぇ・・・。」
しいのみさんとは、電車が反対方向なので、千駄ヶ谷駅でバイバイ。
ひとりになってみると、やっぱり、”残念”な気持ちがこみ上げて来ます。
東京駅では、東京ばな奈をふたつみっつと買い込んで、やけ酒用の缶ビールも買い込んで、新幹線を待ちました。
山崎先生は、もっと辛い時間を過ごされていたことでしょう・・・。

でも、半年間、いい夢と素敵な勝利をありがとうございました。
また、夢をお願いします。          
-完-